兵庫出身の競歩選手、村山裕太郎さんのパリ五輪への挑戦 ~家族の支えと苦悩~

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こんにちは、ガールズオピニオンのパートタイムブロガー、えりこです!

いきいきとした生き方をしているアスリートって、本当にかっこいいですよね!今回はそんなアスリートの中でも特に注目している兵庫出身の競歩選手、村山裕太郎さんについてお伝えします。

村山さんは、2024年にパリで開催される五輪を目指して頑張っているんですって!その姿勢には、私も感動しちゃいますね。

でも、彼の競歩の道は全然平坦じゃないんです。彼を苦しめたのは、1年半もの間、練習すらままならないほどの両ひざのケガだったそうです。

競歩って、速く歩くだけでは終わりじゃないんですよ。両足の一方が常に地面についていなきゃいけないし、着地した脚は地面に対して垂直にならないといけないんです。すごく厳しいルールなんですね。

でも、その厳しいルールの中でも、村山さんは頑張っています。1時間20分ほどで20kmを「歩く」んですよ!私には到底無理だなって思っちゃいますけど、トップ選手のスピードには本当に驚かされます。

けれども、村山さんがこんなに頑張っているのは、彼を指導している今村コーチのおかげでもあるんです。今村コーチは、富士通陸上競技部のコーチで、村山さんをサポートしています。

今村コーチは、村山さんが自分の課題に向き合い、それを改善するために自主的に取り組んでいる姿勢を評価しています。私もその姿勢に感動しました。

村山さんは、中学から陸上部で長距離を始め、高校では競歩に転向しました。最初はあまりやりたくなかったけど、勝てたら面白いなって思ったそうです。そして、高校3年の夏にはインターハイで6位入賞を果たし、順天堂大学でも記録を伸ばして実業団の名門・富士通に入社が内定しました。五輪の夢に向かって確実に歩みを進めていたんです。

しかし、大学4年の秋に両ひざに炎症が起きてしまいました。膝の痛みが激しくなり、練習もままならない日々が続きました。村山さんはおかげさまで富士通に入社することができましたが、練習も試合に出ることもできない状況になってしまったんです。

そんな時、彼は故郷の兵庫・猪名川町の実家に帰省しました。家族の支えが彼にはとても大切だったんですね。特に村山さんのお父さんは、中学時代からいつも試合に足を運び、記録をつけるために動画を撮っていたそうです。彼が帰ってきた際に、お父さんはどんな言葉をかけたのでしょうか?

村山さんはまだ若い選手ですが、彼のパリ五輪出場への闘いは今も続いています。彼にはまだまだ困難が待ち受けているかもしれませんが、彼の努力と家族の支えに私も応援したいと思います!

次回のアップデートもお楽しみに♪

それでは、またね!ガールズオピニオンのパートタイムブロガー、えりこでした!

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