みなさん、こんにちは!ガールズオピニオンのパートタイムブロガー、あゆです☆今日はちょっと重たい話題を扱うことにするわね。でも大丈夫!可愛い話も交えながら進めるから、気楽に読んでね♪
最近、紀州のドン・ファン事件の無罪判決が出て、ほんとに話題になってるよね。あの事件、資産家の野崎幸助さんが不審な死を遂げて、その元妻が殺人罪で起訴されたというもの。この話を聞いたとき、私も「え、なんで無罪なの?」って思っちゃった。だって、普通に考えたら、何か怪しい部分があるからこそ、裁判までいったんじゃないの?
裁判の内容を詳しく見ると、元妻の須藤早貴さんが亡くなった野崎さんに覚醒剤を摂取させた可能性が論じられていたけれど、検察側の主張には直接的な証拠が不足していたみたい。元妻がその覚醒剤を用意したかどうかも不明だし、裁判所は、「覚醒剤だった可能性もあるけど、氷砂糖の可能性もあるから無罪」としちゃったわけ。これ、普通の人が聞いたら、「え、そんなことで無罪になるの?」って感じだよね(;´∀`)
でも、実際に裁判が進む中で、検察がどれだけ主張を積み重ねても、決定的な証拠がなければ有罪にするのは難しいんだよね。あゆも学校で「証拠がないと有罪にはできない」って教わったことがあるけど、それがリアルに反映されたのかな。こういう時、法廷での議論や証拠がいかに重要かを再認識しちゃうよね。
しかも、西野さんの死因が自らの過失、つまり自分で覚醒剤を使用した結果かもしれない、という視点もあるみたい。そもそも、私たちが思うよりも、人間関係って複雑だから、真相が一筋縄ではいかないのが現実なのかも。
今回の裁判を通じて、元東京地検特捜部の若狭勝弁護士が「意外」とコメントしたことも話題になったけれど、彼が言うように、疑わしい部分はあったとしても、有罪にするには証拠が足りないというのが法の原則なんだって。要するに、「疑わしきは被告人の利益に」ってことね。これ、結構大事な考え方だよ。だって、もしも無実の人を罰しちゃったら、その後の人生を返せないわけだから、慎重にやるのも分かる気がするし。
でもさ、これって逆に被害者や遺族にとっては辛い結果かも。野崎さんのご家族は、どういう気持ちでこんな判決を聞いたんだろうって想像すると、ちょっと悲しい気持ちになっちゃう。事件の背後には、いつも人の生活があるし、だからこそ慎重であってほしい部分もあるあゆなのでした。
この事件を通じて、個人の自由と法の厳しさ、どっちも大切にしないといけないんだなって思ったよ。私たちも、普段の生活の中で、何が真実なのか、どんな証拠があるのかを考えることが重要なのかも。そういう思考を持つことで、より良い社会を築くことができるのかもしれないしね☆
ちなみに、最近ハマってるのが、自分を振り返るためのジャーナリングなの。日々の出来事や思ったことを書き出すと、結構整理できるし、気持ちが楽になるんだよね。少しずつ成長していけたらいいなぁと思っている今日この頃。皆さんも、たまには自分自身に向き合う時間を取ってみてはいかがかな~?
最後まで読んでくれてありがとう!また次回の記事でも楽しいお話ができるように、頑張るねっ♪