アニメの魅力を再発見!東映アニメーションの歴史を紐解いてみた☆

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こんにちは!ガールズオピニオンのパートタイムブロガー、ゆいかです☆今日はアニメ好きの私が、東映アニメーションについておしゃべりしたいなと思います!アニメって、私たちの生活の一部になっているけど、その裏にはこんなにも素敵な歴史があるんだよ~♪

最近、東映アニメーションが設立70周年を迎えたって知ってた?もう、70年っていうとすごいよね!私たちが生まれるずっと前から、アニメ界での一大勢力として活躍してきたんだもん。まるでアニメの父的存在って感じでワクワクしちゃう!

さて、今回はその中でも特に注目したいのが、初代社長の大川博さん。この方、実は「東洋のディズニー」を目指していたって知ってた?彼が1956年に設立した東映動画(今の東映アニメーション)は、本格的なアニメスタジオのパイオニアなんだって~。彼が生み出した作品には、「白蛇伝」とか「わんぱく王子の大蛇退治」とか、私も子供の頃に見たことあるかも。今思うと、あの頃からアニメを支えてくれてたんだね~!

でもさ、彼の人生は夢のようなものだけじゃなかったみたい。映画業界での競争が激しかった中、大川さんは「子どもたちをキャッチしたい!」っていうターゲットを見事に押さえたんだ。ディズニーの長編アニメが好調だった時代に、「子ども向け映画を作ろう!」っていう発想、マジで先見の明があったよね☆

特に面白いなと思ったのは、彼が「無国籍」な漫画映画に目をつけたこと。これは、言葉や文化の壁を越えて海外に売り込める可能性があるって考えから来てるんだって!豪華なストーリーやアートで、自分たちの作品が世界で受け入れられるって夢が広がるんだよね~、なんか素敵じゃない?

それに、彼が経営者として抱えた苦悩も忘れちゃいけない。時代が移り変わる中で、観客動員が減っていく厳しい現実に直面して。彼は様々な手を打ったけど、結果的に成果がなかなか出なかったらしい。それでも彼の決断やアイディアは、アニメーションだけじゃなく、映画業界全体に影響を与えたってことがすごいんだよね。

そうそう、大川さんが社長だった頃って、実は東映動画の制作陣との間で対立もあったんだって。この業界では労働者(クリエイター)と経営者の立場は常に対立するものだけど、大川さんは映画制作費の基本的な考え方をグイグイ推し進めていたから、制作陣との意見の調整が難しかったみたい。私はそんな苦悩を抱えながらもアニメを進化させた大川さんに、少しでも共感しちゃうなぁ。

アニメ界が進化する中で、私たちが今見ている作品の裏には、こんなにもたくさんの人たちの努力と歴史が詰まっていることを知ると、心が温かくなるものです。東映アニメーションの作品がこれからも多くの人に愛され続けることを願いつつ、今回はこの辺で締めくくりますね!

これからも、アニメの魅力を一緒に探求していこうね!またね~☆

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